2009-01-01から1年間の記事一覧

クリスマス期間につき懸案事項を先送りして特別更新しております。

ウンダ――海の花妻 ハワード・フィリップス・ラヴクラフト 謹みつつ、モーリス・ウィンター・モオ大人にみ許しを得て*1ささげ奉るもの也。 昏暗にして曠蕪にして荒唐無稽、窈瞑たる揚抑抑格の渋晦にして重疾なる十六聯詩による、 濛朧として罔殆なる妄迷の譫…

ファーンズワース・ライト編集長お気に入りの一篇

祝祭 ハワード・フィリップス・ラヴクラフト 地には雪あり 谿間に冷気あり 荒原のうへ 如法暗夜の幽闇は 黒ぐろとこそわだかまれ 丘の頂きに炬火ほの見ゆるは 張られたるめり 不浄にして古きうたげの 雲間に死あり 夜陰におそれあり 森のなか 黴の被ひて白き…

彼が蛇を殺すはずがない。

初めに。本記事は決して、植草甚一氏の「偉業」を全否定しようとするものではなく、また藤岡真氏の最新作『七つ星の首斬人』の価値を貶めようとするものでもない。それだけはよくお心得置きくださるよう。 ……以下に紹介する各務三郎氏のエッセイを私が初めて…

間隔(へだたり)

あなたといつも一緒に歩いてる そのひとは 誰? 数えてみると あなたとわたしの二人きり なのに 白い道の向こうを瞻るたびに 瞻るたびごとに あなたと並んでもう一人 誰かが歩いてる いつも 褐色のマントに身をつつみ 頭巾をかぶって 足音立てずにもう一人 …

H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth" sonnet XIX

鐘鐸 ハワード・フィリップス・ラヴクラフト 年年にわれ聞きぬ 黒《かぐろ》き午夜の風のかすかに 遠処《をち》よりつたへ来る鐘鐸のふかく沈めるその音韻《ひびき》 从前《かつて》看見《みと》めえし尖塔のいづれより発《おこ》るにもあらず ただ 一《と》…

『ユゴスよりの黴』プロローグ三篇

一、魔書 それは暗くて埃ぶかく、埠頭のそばの 古い小道のいくすじも絡みあうなかに見失いがちで、 海のうち揚げた胡乱なものらの異臭が届き、 西風の煽りに霧の妖しくうずまく場所にあった。 霧にけぶり、霜に曇った菱形の小窓硝子ごしに、 見えたものはた…

『真夜中のソネット』より

鐘声 ドナルド・ウォンドレイ 夜すがらにわれはも聞きぬ、いんいんと鐘のなる音、 夜すがらにわれはも聞きぬ、さがなごと告ぐる律動、 たぎち沸く海みづからのこもりねの響きをよぎり、 沈みたる都市より鐘のおごそかにとよもす声を。 水うねり、ひとつの山…

翻訳における文体選択の悩み

ラヴクラフト『文学における超自然の恐怖』(大瀧啓裕訳・学研)の訳者解題より。 「この『ユゴスの黴』において注目すべきは、ラヴクラフトの小説、ことに後期の創造神話の佶屈した文章とは截然と異なる、実に簡明な文章で書きつづられていることである。ソ…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト「ウルタールの猫」

ウルタール、とはスカイ河を越えたところにある村の名前、そこでは何ぴとも猫を殺すこと一匹とて罷りならず、と言われるのであるが、炉辺に坐(ましま)し喉ころろかし給う猫君(ねこぎみ)をつくづく見たてまつればこそ、小生もげにさもありなんと首肯(う…

"Fungi from Yuggoth" sonnet XXI

ニャルラトホテプ ハワード・フィリップス・ラヴクラフト しかして 終に 玄奥なる埃及《エジプト》よりはきたりぬ 農工民《フエラーヒン》の稽首《ぬかづ》き拝する尋常ならざる黝《くろ》き存在《もの》 寂黙痩形《じやくもくそうぎやう》 さてもまた謎めく…

クトゥルー神話朗読シリーズ

えー、少し前からパンローリングなる会社が、翻訳(研究)家・大久保ゆうさんの新訳によるラヴクラフト作品のオーディオブック数点をWeb通販しており、気になってはいたのですが、つい先日また、「ナイアルラトホテップ」「ダゴン」「宴」の三篇の朗読のダウ…

まかり出でたるは、マイクロフトと申す養蜂家だ。

シャーロッキアーナ的トリビア。H.F.ハードの「マイクロフト氏もの」の本邦初お目見えは、 『蜜の味』 ではなく短編 「葬儀屋モンタルバ氏の冒険」 "The Adventure of Mr. Montalba, Obsequist" ( 田路千年訳 別冊宝石75号 世界探偵小説全集29 ディクス…

ブラヴァツキーを読まなかった男

ラヴクラフトは自身の宇宙年代記的神話世界を構築するにあたって、ブラヴァツキー夫人の『ドジアン(ジアン)の書』(『シークレット・ドクトリン』に含まれる)から直接少なからぬ要素を借りてきている、というのが長らく通説となっていたが、ダニエル・ハ…

先師追懐

ステフアーヌ・マラルメを偲びて フランシス・ヴィエレ=グリファン 誰びとか呼びかけて、「師よ善哉《ぜんざい》!ひと日の黎明《いなのめ》地にきざし、黎明ここにまた相不変《あひかはらず》の仄じろさ、 師よ、われ窓を開け放てば、ひむがしの斜面《なぞ…

敗けざるもの

INVICTUS ウィリアム・アーネスト・ヘンリー 奈落をもどき闇々《やみやみ》と 極より極へ ひろごりて蓋《おほ》ひかぶさる夜の裡ゆ 何若《いかん》の神にまれ 感謝なしたてまつる まつろはぬ魂を賜りしわれは 境遇のあらけなき手には攫まれながら われ 経て…

神の匣 The God-Box

霧の都ロンドン。午後。 若き考古学の徒、キャラヴェル君はセインツベリーへ行って帰ってきたところ。ストーンヘンジからの出土品で、博物館に展示されていた「神の匣」を、自分の造ったレプリカとすり替えてきたのでした。貴族で金持ちのコレクターに売って…

ラヴクラフトとハッセ

ヘンリー・ハッセ(ハーセ)のクトゥールー神話作品「探綺書房(本を守護するもの)」は、『ウィアード・テールズ』の一九三七年三月号に掲載された。ラヴクラフトが亡くなったのは同年の三月十五日だった。一見、両者のあいだには不幸な擦れちがいが生じて…

『悪の華』中、「憂鬱と理想」より

姫のすべて シャルル・ボードレール 己《おれ》の屋根裏べやを、けさ、 とぶらひ来たる爪はじき、 悪魔《ぢやぼ》めが、腹に一物の ありげな面《つら》で、「知りたやな、 「姫が蠱惑を造りなす 数おびただしい美のうちで、 姫が五体の精妙を 黒、薔薇いろと…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト「ニャルラトホテプ」

ニャルラトホテプ……這いよる混沌《カオス》のことを……わたしこそは最後の……譚《かた》ろう、耳か たむける虚空にむかって…… そもそもいつに始まったのか、定《しか》とは憶《おも》いだされぬがさかのぼること数ヶ月、世間全般 の緊張たるやもの凄く、政治的…

『王女の庭にて』より

淫欲 アルベール・サマン 淫欲……そは生命の樹にみのる死の果実…… 切歯《はがみ》なすまでに渇ゑたる願望の禁果。 倦怠の沙漠上に坐せる黄金《くがね》の吐火女怪《シメール》…… 夜と経年の色情ゆゑに躬《み》をこがす処子《をとめ》。 七《なな》重《へ》の…

『悪の華』中、「憂鬱と理想」より

亡霊帰来 シャルル・ボードレール 獅子の瞳《め》の流浪天使のごとくに かへり来たらむ、おん身が閨所《ねや》へ、 音《ね》もなくかたちも分明《ふんみやう》ならず、 夜《よ》影《かげ》の滑り寄るがごとくに。 しかして与へむ、か黝《ぐろ》のきみよ、 月…

天使と人間と 詩二篇

スティーヴン・クレイン 「かように行いしは道にかなわぬ」 天使が言った 「お前は花をさながらに生くべきなのだ 悪意は仔犬よろしくおぼえ 争うときも仔羊のように」 「それは違います」 と言ったのは なんらの畏怖も神霊に対して抱いておらぬ男 「道にかな…

せーらーがーりー。

おかげを持ちまして今月の大王で ようやくトリコロを掲載できます ですが末尾の柱にもあります通り 来月にご連絡があります。内容は良いものとはいえませんが それでも自分自身と 読んで下さる 読者様方の事を限界まで考え抜いた 末に自分で出した答えですの…

『悪の華』中、「叛逆」より

沙殫連禱《サタンれんたう》 シャルル・ボードレール 烏乎《ああ》 爾《おんみ》、諸天使の中《うち》その賢と美と極まれりしを、 運命にこそ売《うらぎ》られ、かつは頌讃うばはれたまひし神よ、 於《ああ》 沙殫《サタン》、哀憐《あはれ》み給へ、ながな…

はぴばーすでー・あんくるだごん。

http://uncle-dagon.cocolog-nifty.com/diary/2009/04/post-ce9f.html

「そこばくのソネ」より

ステファーヌ・マラルメ 捷《か》ちさびにこそ遁避《のが》れたれ、美々しき自殺、 栄華の燠《おき》よ、血の泡沫《あわ》よ、黄金《くがね》、颶《ぐ》風《ふう》よ! 笑止なる哉、彼処《かしこ》にて、紫《し》丹《たん》の衣《きぬ》のひろげられ、 わが…

アッティスの想い出

サッフォー 一語《ひとこと》も あの娘《こ》は 寄せてくれなくなってしまった ほんとうにもう わたしは死んでしまいたい。 訣《わか》れのきわに、あの娘《こ》がしとど泣きぬれて 告げたことばは、「辛いけれど、わたくしたち さよならしなくてはなりませ…

エデンの蛇

甘誘者 ポール・ヴァレリー 委蛇たり、さなり蛇行なり、 誘《をこつ》るものが秘訣也、 この緩やかの所作よりも やさしき手管、他《た》にありや? 心得たり、わがゆく先は、 そこへと君を導かむ、 姦計ならめ、きみが身を 害《そこな》はむとの意図はなし………

薔薇詩二篇

疾める薔薇 ウィリアム・ブレイク あはれ薔《さう》薇《び》よ疾《や》める哉。 ぬばたまの夜、吹きおらぶ あらしのなかを翔りゆく 視えもわかざる蠕虫《むし》ありて、 緋のよろこびの臥《ふし》床《ど》よと 爾《きみ》をみそめつ。さてはその 冥《くら》…