神の匣 The God-Box

 霧の都ロンドン。午後。
 若き考古学の徒、キャラヴェル君はセインツベリーへ行って帰ってきたところ。ストーンヘンジからの出土品で、博物館に展示されていた「神の匣」を、自分の造ったレプリカとすり替えてきたのでした。貴族で金持ちのコレクターに売って大金をせしめるつもりなのです。
 止せばいいのにキャラヴェル君、売りつけに行くのは後回しにして、年嵩の友人カーティン教授を電話で呼びつけて戦利品を見せびらかし、ここで教授の口から、「神の匣」に関する情報が語られます。
 古伝にいわく――「この内に封じ込められたるは、外側より来たる神、人の目に触るべからざる神にして、その名をショ=ガス Sho-Gath と称ぶ。大いなる禍ひは封印を破りたる者を捕へん。これショ=ガスの守護者によりて齎さるる禍ひ也」と。匣の中にショ=ガスを封じ込めたのはドルイド僧たちだが、この神自身は元々アトランティスで崇められていた超古代的存在なのだ。そんじょそこらの古美術品とはわけが違う。悪いことはいわんからとっとと博物館に戻して来たまえ、な?
 その夜遅く、キャラヴェル君は玄関の扉を激しく叩く音に目を醒まさせられました。来訪者は、骸骨のように痩せさらばえた身に長いショールを纏った老人で、「匣を返せ」と迫ります。一体何のことやら、とそらとぼけるキャラヴェル君に老人は、
「待ってやろう。コス Koth の印によりて命じおくが、構えて匣は開けまいことじゃ!」
 書斎に駆け込み、窓のカーテンを閉めきって、どきつく胸を懸命に鎮めるキャラヴェル君。暫しのち、玄関へ舞い戻って覗き穴からそっと表を窺うと、なぜか老人の姿がありません。しまった。警察へ走りやがったか。いかんいかん、どうする? よし、お巡りが来るまえに、匣を分解してばらばらに隠しちまおう。いやはや莫迦なことを考えたものです。
 作業は迅速かつ細心に――蓋が外れ、匣の中があらわになりました。見ろ、空っぽじゃないか。教授め嚇かしやがって。大体こんな軽くて小ぶりの銅製の匣に、どんな恐ろしい代物が入ってると思ってたんだ。……ん? 底の隅っこにちいさな黒い染みがついてるな。や、待てよこいつ、段々、大きく……なって……!?
 もはやこの先は記すまでもありますまい。哀れキャラヴェル君。

 ご覧のとおり、まことに他愛もないお話で、カーティン教授が「神の匣」の恐ろしさについて解説しているとき、キャラヴェル君が「まるでペニー・ドレッドフルだ」と茶々を入れるくだりがあるのですが、この短篇自体がまさに「ペニー・ドレッドフル」です。
 さてこの物語の作者が誰かと申しますと、これが他でもない、われらがオーガスト・ダーレスその人でして、掲載誌は〈ウィアード・テイルズ〉の一九四五年九月号。ちょうど同誌で連作『クトゥルーの足跡(永劫の探求)』を発表して好評を博していた合間に、どういうわけかこの珍作が挟まっているのです。