まかり出でたるは、マイクロフトと申す養蜂家だ。


 シャーロッキアーナ的トリビア。H.F.ハードの「マイクロフト氏もの」の本邦初お目見えは、 『蜜の味』 ではなく短編 「葬儀屋モンタルバ氏の冒険」 "The Adventure of Mr. Montalba, Obsequist" ( 田路千年訳 別冊宝石75号 世界探偵小説全集29 ディクスン・カー&11人集 昭和三十三年三月十五日発行)。本篇における「葬儀屋」とは一種のエンバーマー的な職業であり、このモンタルバ氏が手がけた一人の死者に対する疑義から、「マイクロフト氏」が捜査に起ち上がる。江戸川乱歩の解説に曰く、


 「読者は、このマイクロフト氏という名前を聞いて、なにか、思い当たられることがあるだろうか。つまり、マイクロフトとは、探偵小説史上あまりにも有名なシャーロック・ホームズの実兄の名前で、作者のハードは、マイクロフトという名の養蜂家の話として書いているのだから、ホームズもののパスティシュとして有名になった。この一篇は純粋のファンタジーと探偵小説的興味がこんぜんと一体になった奇妙な作品である」


 初出はEQMM本国版の一九四五年九月号。掲載時のクイーンによる紹介文は以下の如し。


 「お気に召しますかどうか、これなるは名を明かせない"かの人"のパスティーシュ譚、どうしたって取っ換えのきかない役どころを務めますはマイクロフト氏、その同居人たる間抜けなお医者の先生の代役をつとめますはシドニー・シルチェスター氏にございます」


 長篇『蜜の味』の結びでは、もう二度と、このマイクロフトこと本名なんちゃら氏(何しろ自分が聞いたことのない名前なのだ!)とはかかり合いになりたくない風だったシルチェスター氏だが、その後、今回のこの「モンタルバ氏の冒険」ほかの作品においてもなぜか、探偵のパートナーとして語り手を務めさせられる羽目に陥り、「マイクロフト氏もの」は都合長篇三つ、短篇二つが世に送りだされることとなったのである。


 原文でお読みになりたい向きは、Sebastian Wolfe編の"The Misadventures of Sherlock Holmes"(Citadel Press 1991)というとても紛らわしい書名(笑)のアンソロジーあたりに当たられたい。

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