2011-01-01から1ヶ月間の記事一覧

F・B・ロング未収録詩集『闇なす潮流』より

インスマス再訪 フランク・ベルナップ・ロング ひょっとすると逢えるような 気がしてはいた かれに 黒い波止場が 闇なす潮流を睨みおろし いびつに歪んだ家なみが 延々どこまでもうち続くこの町で 謐かなこと 淀んだ池のなか 水草をつつく鯉とひとしく 歩き…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第四番

見憶え めぐり来ぬ 再びかの日 当時われ幼な児にして まさに視き――唯ひとたび――古樫ならぶその窪地 狂気に蝕まれたる姿こそめかしきものどもを かき抱き息づましむる 地の蒙霧ゆゑに灰色なりき さながらに同じかりき――莽々と草のはびこる 祭壇に彫りきざまれ…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第六番

古燈具 われらがその燈具を見いでしは 懸崖の洞穴 内にテーベ神官のひとりだも読みえぬしるし刻まれ 慄然たるヒエログリフもて警告をこそ発せりしか 山洞より 地上に生きとし生ける全被造物へと ほか何もあらざりき――唯 その真鍮の器ひとつのみ 好奇そそる燈…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第十一番

深井戸 農夫セス・アトウッド 齢八十をすぎて試みき 家の戸口にほど近き深井の底を究めむとて 若人エブひとりを助手に 潜りに潜りゆくことを われら笑ひ 翁のただちに正気づかむを希ひしに 豈はからむや エブさへも狂気と化して戻りぬれば ひとびとこれを郡…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第十三番

へすぺりあ なみ聳ゆる尖塔や烟筒 け怠きこの星球より 今しも飛びたたむかとみゆるその彼方に炎々たる 冬の落日はひらく也 ある忘られしひと年の 神さびし荘厳と聖き願望とへの大門の数々を 期待にたがはぬ諸々の驚異火と燃えさかり 冒険を孕み はた畏怖に染…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第三十二番

疎隔 男ありき その肉体は不動堅固にして 暁ごと 違はずつねの処にあるを自ら確かむるなれど その幽体は愛したり 夜ごと夜ごとに離脱して 超常の諸世界や諸深淵をば翔けめぐらふを ヤディス星を視てきたるも なほ理性を保ちつつ グーリック帯よりつつがなく…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第三十一番

棲息者 バビロン未だあたらしき時 そは既に年ふりたりき たれか識る 塚のしたなるその眠りの幾久しさ 終に われらが円匙の掘りあつるところとはなり 再びすがた顕はしたる花崗岩の石ぐみ 鋪道幅ひろくして 基なる壁もまたおぎろなく 崩れつつある石床 毀れや…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第二十七番

上古の燈塔 冷けく朧ろにて肉眼に捉へがたき星々のした 寒風吹きざらしの岩峰 荒涼とつらなり聳ゆるレンより 薄暮どき 唯ひとすじの光線の投ぜらるるあり 青く杳けきその光条に哀訴祈願なす牧羊の徒 口ぐちに(さも訪れてきたるかのごと)噂すらく 光源は石…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第二十五番

聖蝦蟇寺 「こころせよ 聖蝦蟇寺の破れ鐘のこゑ!」 その叫び 幾星霜のふるき夢眠れる河の南 冥々として捉へがたき紆余曲折の迷宮をなす 乱れ小路に飛びこみし われの耳にひびきぬ 叫びしは 彎腰襤褸の胡散にこそめく老体なれど 蹣跚きつもよぎり去ること閃…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第二十三番

蜃気楼 識らず それの経て実在したるものかは―― 糢糊として時のながれを漂へる失はれし世界―― しかも視ること屡々なり 紫いろに霧らふそれを とある漠たる夢の背びらにかぎろふそれを 奇しくならび立つ塔 妖しくささら波する河川 驚異にみてる迷宮 かがやき…

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第十八番

インの庭園 苔むせる堂塔ならび立つうちに聳ゆる 天穹へ達せむばかりの古さびし石の塁壁 けだしその彼方 花咲きほこり 鳥や蝶や蜜蜂はばたく 段なすつくりの庭園の隠れてあらむ と惟はれき 遊歩道も通へるならむ 神殿の庇のかげ映す 水ぬくき蓮池ごとに橋も…