『悪の華』中、「憂鬱と理想」より

 姫のすべて     シャルル・ボードレール


おれの屋根裏べやを、けさ、
とぶらひ来たる爪はじき、
悪魔ぢやぼめが、腹に一物の
ありげなつらで、「知りたやな、


「姫が蠱惑を造りなす
数おびただしい美のうちで、
姫が五体の精妙を
黒、薔薇いろと示すなかで、


いづれに惚れた?」とかしたに、
わがたましひよ、うぬは答へた、
「姫のすべてが慰めぢや、
ひとつを選りごのみできぬ、


「姫のすべてがまどはしぢや、
どこが別格ともしれぬ、
朝けのやうにまばゆくて、
夜やみのやうに慰まる。


「あまり美妙な諧調こそ
姫がそうを占めたれば、
拙い分析力では、それの
諧音ひとつ採譜もならず。


「不思議なる転化のわざよ、
わが五感、けてひとつになンぬ!
姫が息、これや交響楽、
姫が声、これや馥郁ふくいくかう!」


Charles-Pierre Baudelaire - Tout entière

(Joanna Richardsonの英訳、および

Francis Scarfeの英訳に拠る)