ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第二十三番

蜃気楼


識らず それの経て実在したるものかは――
糢糊として時のながれを漂へる失はれし世界――
しかも視ること屡々なり 紫いろに霧らふそれを
とある漠たる夢の背びらにかぎろふそれを
奇しくならび立つ塔 妖しくささら波する河川
驚異にみてる迷宮 かがやき映ゆる低き円蓋
高枝さし交はす炎ゆる夕ぞら そのほむら
冬の夜を目前にして思案げにうち顫ふがごとく


大荒原は菅密々たる無人の岸べへとつづき
巨鳥飛びめぐるところ 吹きざらしなる丘のうへ
古さびし一村の白き尖塔を擁するあれば
耳欹てて晩鐘のこゑを待ちつづくるも
識らず それの如何なる土地か――問ひもあへず
われはいつ何故 それの客となりしか 客とならむか


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XXIII. "Mirage"


http://www.psy-q.ch/lovecraft/html/fungi.htm

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