ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第三十二番

疎隔


男ありき その肉体は不動堅固にして 暁ごと
違はずつねの処にあるを自ら確かむるなれど
その幽体は愛したり 夜ごと夜ごとに離脱して
超常の諸世界や諸深淵をば翔けめぐらふを
ヤディス星を視てきたるも なほ理性を保ちつつ
グーリック帯よりつつがなく帰還遂げにしは
ある静夜 彎曲せる宇宙ごし背びらなる虚無ゆ
かの誘なひの笛の音のながれ出でこし時のこと


それの朝 目醒めてみれば男は老い積みわたれりき
まなこに映るひとつだに以前と同じきはあらず
物象おぼろに星雲めきて周りをただよひ――何やらむ
より大いなる幻妄の企みの小手しらべかとも
今やうからも友がらも 全き他人のむれとなり
男 かれらに帰属せむとて 懸命なれど空しかり


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XXXII. "Alienation"


http://www.psy-q.ch/lovecraft/html/fungi.htm

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