F・B・ロング未収録詩集『闇なす潮流』より

インスマス再訪         フランク・ベルナップ・ロング
                        

ひょっとすると逢えるような
気がしてはいた かれに
黒い波止場が
闇なす潮流を睨みおろし
いびつに歪んだ家なみが
延々どこまでもうち続くこの町で
謐かなこと 淀んだ池のなか
水草をつつく鯉とひとしく
歩きながら聴きとれた その謐けさ
音というものの怖るべき不在
籐壺の覆った杭を無音にあらう波
ついに見とめた かれを
ぽつねんと独りたたずむその姿
動かざること最も不動な影以上だったが
漸くこちらを向いて
「ベルクナピウス!
こんなところで一体なにを?」
「だってインスマスじゃないかここは
あなたの創りだした町で けど今や――」
「今や?」
「ぼくらみんなに憑着した 不朽の遺産だ
万邦の夢見びとへのあなたの贈りもの
気うとくも そうエドガーの仕事のように
なおかつ気だかい漆黒の遺産だ」
「倦みつかれてきていてね そういうのに
ここらのいく年月もの果て――」
と 空のかたへ凝視を向けるかれ
そこには 霧に目隠しされて
道にまよった風情の月
「見つけたんだよ もう一つのインスマスを」
かれは言う 「星の宇宙の杳かかなた
かつて夢に見たこともなかったところに――」
突如 朦朧たる靄がかれを包みこみ
それでわたしは神経を張りつめた
かれのことばを聴きのがすまいと
「探してごらんそこでぼくを ベルクナピウス
われらが世から何アイオーンも隔たったところさ
探してごらんそこでぼくを」
そうして かれは消え去っていた


Frank Belknap Long Jr. "Innsmouth Revisited"
From Xenophile No.18.(Oct.1975).
[“The Darkling Tide Previously Uncollected Poetry” (Tsathoggua Press 1995)]

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ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第四番

見憶え


めぐり来ぬ 再びかの日 当時われ幼な児にして
まさに視き――唯ひとたび――古樫ならぶその窪地
狂気に蝕まれたる姿こそめかしきものどもを
かき抱き息づましむる 地の蒙霧ゆゑに灰色なりき
さながらに同じかりき――莽々と草のはびこる
祭壇に彫りきざまれたるは召喚なさむがための印
うづ高くなみ聳ゆる不浄の塔より炊きあぐる
千筋の香煙もて 久遠のむかし祀られしかの「無名者」を


われは視き 苔あと湿る磐上に四肢のばせる肉体
而して悟りぬ それなる宴の参加者どもは人間ならず
悟りぬらく この奇怪なる灰色の世界わがものならず
星みてる虚空の彼方のユゴスがものと――時しもよ
磐上の肉体 われにむかひて断末魔の叫びを発し
漸くにこそ悟りぬれ 唉 そはおのれ自身なりけり!


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet IV. "Recognition"


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ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第六番

古燈具


われらがその燈具を見いでしは 懸崖の洞穴
内にテーベ神官のひとりだも読みえぬしるし刻まれ
慄然たるヒエログリフもて警告をこそ発せりしか
山洞より 地上に生きとし生ける全被造物へと
ほか何もあらざりき――唯 その真鍮の器ひとつのみ
好奇そそる燈油の残滓をば底にとどめつつ
表におぼめかしく連ねたり 卍字つなぎの文様を
未知なる罪の暗示めけるくさぐさの象徴を


世紀を経ること四十に及びし恐怖もものかは
持ち去りきたるこのささやかなる戦利品を われら
闇せまる天幕ぬちにて精査するにあたり
燐寸ひと擦り 底に残れる古代の油ためさむとしき
燃えあがる油――哦……されど視えたり 巨怪なるかたちの数々
その狂ほしき一閃に 恐々然のわれらが命灼けつきぬ


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet VI. "The Lamp "


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ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第十一番

深井戸


農夫セス・アトウッド 齢八十をすぎて試みき
家の戸口にほど近き深井の底を究めむとて
若人エブひとりを助手に 潜りに潜りゆくことを
われら笑ひ 翁のただちに正気づかむを希ひしに
豈はからむや エブさへも狂気と化して戻りぬれば
ひとびとこれを郡営の療養所へと送りけりとぞ
翁 井戸口を煉瓦もて膠のごとく密にかため
しかして切りつ 動脈を 瘤たくましきおのが左腕の


葬儀ののち 果たすべき義務とわれらの覚えしは
その井戸まで赴きて煉瓦をとり除きさること
さはれ窺へば 大暗穴の曰はむかたなき深みへと
下りゆく鉄の握りの点々と設けられたるのみ
しかるにわれら なほ元のごと煉瓦に口を塞ぎなほしつ――
いかに紐ながき測深錘も底まで達しえざりしゆゑに


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XI. "The Well"


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ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第十三番

へすぺりあ


なみ聳ゆる尖塔や烟筒 け怠きこの星球より
今しも飛びたたむかとみゆるその彼方に炎々たる
冬の落日はひらく也 ある忘られしひと年の
神さびし荘厳と聖き願望とへの大門の数々を
期待にたがはぬ諸々の驚異火と燃えさかり
冒険を孕み はた畏怖に染まらざるにもあらず
スフィンクスら居ならぶ障碍なき道はつづく也
遙けき竪琴のしらべ塁壁や角樓を震はするかたへ


そは即ち 美といふ言葉が花々を指ししめす国
そこに 迷ひ子なる記憶みなおのが出所をみいで
そこに 「時劫」の大河はみづからの進路を始め
星あかりの奔流として無辺虚空をくだりゆく也
夢見にこそわれら迫りうれ――古伝のくり返して曰く
人類の足跡 絶えてその八衢を汚したることなし と


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XIII. "Hesperia"

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ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第三十二番

疎隔


男ありき その肉体は不動堅固にして 暁ごと
違はずつねの処にあるを自ら確かむるなれど
その幽体は愛したり 夜ごと夜ごとに離脱して
超常の諸世界や諸深淵をば翔けめぐらふを
ヤディス星を視てきたるも なほ理性を保ちつつ
グーリック帯よりつつがなく帰還遂げにしは
ある静夜 彎曲せる宇宙ごし背びらなる虚無ゆ
かの誘なひの笛の音のながれ出でこし時のこと


それの朝 目醒めてみれば男は老い積みわたれりき
まなこに映るひとつだに以前と同じきはあらず
物象おぼろに星雲めきて周りをただよひ――何やらむ
より大いなる幻妄の企みの小手しらべかとも
今やうからも友がらも 全き他人のむれとなり
男 かれらに帰属せむとて 懸命なれど空しかり


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XXXII. "Alienation"


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ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第三十一番

棲息者


バビロン未だあたらしき時 そは既に年ふりたりき 
たれか識る 塚のしたなるその眠りの幾久しさ
終に われらが円匙の掘りあつるところとはなり
再びすがた顕はしたる花崗岩の石ぐみ
鋪道幅ひろくして 基なる壁もまたおぎろなく
崩れつつある石床 毀れやまざる立像は 
世人の回憶しうるいかなる時代よりも過去の
異類異種をば彫りあらはせる幻想的なるものなりき


さてしも われらのみとめたる石のくだり階段は
彫りぬかれし白雲石の息ぐるしき門口をへて
旧き世のしるしと原初の秘めごととの威圧なす
なにやらむ 聖域のごとき常闇へとつづきてありき
土のけ下降せむ――として一転 さき争ひに退却のわれら
蓋し聴きたればなれ づしめく跫音の昇りくるをこそ


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XXXI. "The Dweller"


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