ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第二十七番

上古の燈塔


冷けく朧ろにて肉眼に捉へがたき星々のした
寒風吹きざらしの岩峰 荒涼とつらなり聳ゆるレンより
薄暮どき 唯ひとすじの光線の投ぜらるるあり
青く杳けきその光条に哀訴祈願なす牧羊の徒
口ぐちに(さも訪れてきたるかのごと)噂すらく
光源は石づくりなる塔の燈室にして そのうちに
「旧き世のもの」の最後のひとりが単身棲まひ
太鼓打つひびきもて 「混沌」に語りかくるなり と


噂すらく そのものの被れる黄なる絹覆面は
異様なる皺の寄りぐあひより あきらかに
世の人さびし面輪を隠せるにはあらじと雖ど
問ひあへず 覆面を裏ゆ盛りあげたる顔の造作の如何
人類青年期のはじめ 件の光輝の探索者あまたなりしも
さて何を見いでたるか 知らるることはなかる可し ゆめ 


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XXVII. "The Elder Pharos"


http://www.psy-q.ch/lovecraft/html/fungi.htm

                                • -

sent from W-ZERO3

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第二十五番

聖蝦蟇寺


「こころせよ 聖蝦蟇寺の破れ鐘のこゑ!」
その叫び 幾星霜のふるき夢眠れる河の南
冥々として捉へがたき紆余曲折の迷宮をなす
乱れ小路に飛びこみし われの耳にひびきぬ
叫びしは 彎腰襤褸の胡散にこそめく老体なれど
蹣跚きつもよぎり去ること閃電のごとかりしかば
構はず 夜やみを穿つごとさきへ進むわれ
より多くの屋根なみが凶々と鋸歯めくかた指して


いかなる案内書も告げず ここに何物潜めるかを
されど今 また別なる老爺あらはれて金切るさけび
「こころせよ 聖蝦蟇寺の破れ鐘のこゑ!」
われ立ちまどへば 第三の老髯 おそれに喉枯らし
「こころせよ 聖蝦蟇寺の破れ鐘のこゑ!」
仰天遁走のわれ――ゆくて俄かに彷彿たる黒き尖塔


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XXV. "St. Toad’s"


http://www.psy-q.ch/lovecraft/html/fungi.htm

                                • -

sent from W-ZERO3

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第二十三番

蜃気楼


識らず それの経て実在したるものかは――
糢糊として時のながれを漂へる失はれし世界――
しかも視ること屡々なり 紫いろに霧らふそれを
とある漠たる夢の背びらにかぎろふそれを
奇しくならび立つ塔 妖しくささら波する河川
驚異にみてる迷宮 かがやき映ゆる低き円蓋
高枝さし交はす炎ゆる夕ぞら そのほむら
冬の夜を目前にして思案げにうち顫ふがごとく


大荒原は菅密々たる無人の岸べへとつづき
巨鳥飛びめぐるところ 吹きざらしなる丘のうへ
古さびし一村の白き尖塔を擁するあれば
耳欹てて晩鐘のこゑを待ちつづくるも
識らず それの如何なる土地か――問ひもあへず
われはいつ何故 それの客となりしか 客とならむか


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XXIII. "Mirage"


http://www.psy-q.ch/lovecraft/html/fungi.htm

                                • -

sent from W-ZERO3

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第十八番

インの庭園


苔むせる堂塔ならび立つうちに聳ゆる
天穹へ達せむばかりの古さびし石の塁壁
けだしその彼方 花咲きほこり 鳥や蝶や蜜蜂はばたく
段なすつくりの庭園の隠れてあらむ と惟はれき
遊歩道も通へるならむ 神殿の庇のかげ映す
水ぬくき蓮池ごとに橋も架れるならむ
さては 蒼鷺の舞ふ淡紅色の空を背にして
桜樹もか弱き枝葉をゆり合ふならむ と惟はれき


惟はれき その彼方にしてあらざるもの無けむ と
けだし 昔日の夢の門扉の開放は 撓み枝ゆ垂れし
蔓くさの緑にかげる睡たき水流うね走るところ
その石燈てらす迷宮へこそ 導くものならざりしや?
われは急ぎつ――されど 冷たくつき立つ巨壁を目にして
得悟りにけり 如何なる門とてはや無きことを


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XVIII. "The Gerdens of Yin"


http://www.psy-q.ch/lovecraft/html/fungi.htm

                                • -

sent from W-ZERO3

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第二十番・第二十二番


夜 鬼


いかんの墓窟よりひづるとこそえ識らねど
夜夜よるよるにわれは見るよ その護謨ゴムめける奴ばらを
黒色にして角のあり 痩躯にうすき膜質のはね
ふた叉のまが倒棘さかとげ生えたる尾ある奴ばらを
奴ばらは陰風きたかぜのうねりに乗りて群来し
淫らしうくすぐり棘さす魔手のつかみに
われを勾引かどひてれゆくよ おぞましき空の旅にと
悪夢のふけかくれたる灰じろの世界への旅にと


奴ばらはトークの鋸歯なす連峰みねみねをかすめ飛び
わが一切のさけばむとする試みも気にとめず
地のあなぐらを降りゆくよ かの汚穢なる湖へと
浅眠の膨れショゴス濺沫しぶきをあぐる湖へと
されど ああ! 奴ばらの声音おとだにてばよきものを
いとせめて その在るべき箇処に面目かほぞありせば!


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XX. "Night-Gaunts"



アザトート


不感無覚の虚空へと邪霊ダイモーンに連れいだされて
多次元宇宙に耀かがよへる諸星団を過ぎゆくほどに
やがて 眼前に時間もはたや質料も在らずなりにき
ただ「混沌」のうし履ける而已のみ 処かたちの定めなく
ここに一切有のおぎろなき君主かむづまり
独語つぶやくなりき おのが夢に見るも意味は解しえざりし事ども
その間もかれのそばぢかく 不定形の蝙蝠かはほりもどき群ればたけり
輻射光のひろげゆく白痴の渦の数々のうち


瘋狂然として舞ふむれなりき その巨怪なる手爪につかめる
割れ横笛フルートの高くか繊き哀鳴のしらべに合はせ
此処もとゆすずろにおこる波と波のたまさかにあひ重なる時んば
儚き宇宙のそれぞれに永劫不滅の法生まるる也
われ這厮くやつが伝令にこそ」 邪霊ダイモーン かくはことげて
叩きけるよ 蔑如もあらはに自らの主君のかうべ


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XXII. "Azathoth "


http://www.psy-q.ch/lovecraft/html/fungi.htm

悪夢の這いよる夜

 (一九二〇年十二月十四日附ラインハート・クライナー宛ラヴクラフト書翰より抜萃。アーカム・ハウス刊『ラヴクラフト書翰選集第一巻』・書翰番号九十四)


 「ニャルラトホテプ」は悪夢だ――ぼく自身が実際にみた幻夢で、はじめの一節は完全に目が醒めてしまうまえに書いたのだ。このところぼくは気分が詛わしいまでにすぐれない――まる何週間もとぎれなく頭痛・目眩に悩まされどおし、それに久しく三時間が、ひとつ仕事をつづけていられる精一杯の限界だった(いまは比較的ぐあい良いよう)。お定まりの持病どもにくわえて、いつにない眼の障害が発生したためにこまかい活字の判読が不可能になった――神経と筋肉がへんにひき攣り、数週それが続いた間はさすがにちと胆をひやした。こういう調子で鬱々としていたところをおそわれたのだ、悪夢中の悪夢に――十歳のとき以来、たえて見たことのなかったほど迫真的で恐ろしい夢――その雑りものなしの忌まわしさ、気味のわるい圧しへされ感は、書きあげた幻想譚にはおぼろにしか反映させえなかったが。夢がやって来たのは真夜中すぎ、折りしもぼくは寝椅子のうえにぐったりのび切っていて、それというのも、あのブッシュのくそ頓痴気めの”詩”と格闘したあげく疲労困憊のありさまだったのだ。はじまりは、世間全般にいわく言いがたい不安が瀰漫している感じから――漠としたおぞましさに全世界があまねく覆われている気配だった。ぼくは鼠色の古化粧着を身まとい、椅子にかけて、サミュエル・ラヴマンからの手紙を読んでいるようだった。その手紙は信じられぬくらい真物さながら――薄い8 1/2 ×13 インチの用紙に、末尾の署名までみな菫色のインク――で、不吉な内容らしかった。夢のなかのラヴマンはこう書いていた。


 「ニャルラトホテププロヴィデンスに来たら必ず会いにゆかれることです。かれは恐ろしい――貴兄に可能なありとある想像を超えて恐ろしい――しかし素晴ら しいのです。ひとの心にとり憑いてあとあと何時間も離れない。かれに見せられたもののお蔭で、私はいまだ身震いがやみません。」


 ぼくは、「ニャルラトホテプ」なる名前をそれまで聞いたことがなかったけれど、誰のことをさして言っているのかは了解したようだった。ニャルラトホテプは遊歴の見世物師ないし演説家のごとき存在で、公会堂で弁じたてたり、公演によって恐怖と議論を巷にあまねく惹き起こしたりするのだ。公演は二部構成――まず、恐ろしい――けだし予言的な内容の――映画一巻を見せ、そしてそのあと科学的電気装置を用いた、なにやら尋常ならぬ実験を色々おこなう。手紙を受けとった時、ぼくはニャルラトホテプが既にプロヴィデンスにいること、またこの者こそ、一切衆生のうえに覆いかかった衝撃的恐怖の元兇であることを、思いおこしたようだった。その凄まじさに畏懼させられきった人々が声も囁きごえになって、かれには近づくな、と警告してくれたこともおもい出したようだ。けれどラヴマンの夢の手紙で心がきまり、それでぼくは、ニャルラトホテプに会いに街へといで発つべく身拵えをはじめた。細かいところはしごく鮮明――ネクタイがなかなか結べずに困ったりした――が、いいしれぬ悍ましさのために、他のすべては糢糊としてしまった。家を出るとそこかしこに目にしたのが、夜陰のなかを緩々たる足どりで歩みゆく人々、皆おびえたふうに低語しながらおなじ一つかたをさして進んでいるそのむれに、ぼくは投じた。怖じつつもなお熱望すらくは、偉大なる、冥々として不可説なるニャルラトホテプに会い、そのことばを聴かばやと。それからの筋はこびは同封の譚りとほとんど違いがないが、ただ、夢のほうは譚りほど先までつづかなかった。雪原を割って黒々と口ひらく深淵へとぼくがひき込まれ、かつて人間だった(!)影たちとともに、渦のなかで恰かも大嵐に吹かれるごとく猛旋廻したつぎの刹那、夢はおわってしまったのだった。ぼくは、盛りあがりの効果と文学作品としての仕上げとのために、不気味な結びを加筆したのだ。深淵に引きこまれる際、 ぼくは谺しわたる尖叫をはなち( 実際に声に出したはずと思ったのだけれど、おばは聞かなかったという)、そしてふっつり光景が見えやんだ。ひどく苦しかった――額がずきずき疼き、耳鳴りがした――が、ただ一つおのずと湧きおこった衝動――書くのだ、 書いてならびなき戦慄の雰囲気を保存せねばならぬ――という思いにかられて、知らぬまに燈りをつけ遮二無二書きなぐっていた。なにを書いているのかの考えはほとんど絶無で、ややあって擱筆し頭をあらった。完全に目が醒めたとき、できごとこそすべて憶えていたけれども、毛骨竦然たらしめるいらひどい恐怖感――忌まわしい未知なるものがげんに存在する、という実感は喪ってしまっていた。書いた文章をあらため見れば、一貫性があるのでおどろいた。それが同封した手稿のはじめの節をなしており、単語三つが変えてあるだけだ。あのまま、潜在意識的な状態で書きつづけていられたならよかった、と思う。すぐさま執筆を続行したものの、初始の戦慄がうしなわれ、もはや悍ましさは意識した芸術的創造の問題となり果てていたので……


ラヴクラフト作「ニャルラトホテプ
http://d.hatena.ne.jp/SerpentiNaga/?date=20090617

                                • -

sent from W-ZERO3

H・P・ラヴクラフト&R・H・バーロウ作「新世紀前夜の決戦」

 (訳者註・あらかじめお断りしておきますが、これは実験的な「ネタ翻訳」です。余計な小細工を含まない「原文に即した訳文」をお求めのむきは、国書刊行会版『定本ラヴクラフト全集7―I』所収の福岡洋一氏訳を読まれることを強く推奨します。)


 (おもに作家仲間からなる集団、通称「ラヴクラフト・サークル」の面々のもとに、この奇天烈な一篇の印刷されたリーフレットが送られてきたのは一九三四年なかばのこと、かれらの大半がこの小品のおひゃらかしを大いに愉しがり、ラヴクラフト本人はその作者であることを尤もらしい調子で否定したにも関わらず、誰もかれが執筆にひと役買っていると信じて疑わなかった。「実際、とても堅物の守旧家が手をつける気になりそうなしろものなんかじゃないというのに」とラヴクラフトはドウェイン・ライメル宛同年八月十日附書翰で書いている。「ぼくも……愉しませてもらいましたよ、あれにはかなり。子細にご覧じればお解りくださるでしょう、ぼくとて“例外”ではないのです――だって“ホース・パワー・ヘイトアート”が一体誰を指しうると思われますか、このぼく以外の。妙なことにひとりだけ、名前を面白く捻られていないご仁がおられますよ、そうオーティス・アデルバート・クライン。はて、何故かれだけが実名のままなのでしょうねえ――いくらでも容易く考えついたろうと思うのですが、例えば、“オーチス・エレベーター・クライム”とか」。作中の人びとに関する言及は、みなラヴクラフトのよく知るかれらの特徴に基いている――R・E・ハワードならば自作における戦闘描写の激情ぶり、オーガスト・ダーレスならば〈サック・プレイリー・サーガ〉の長大ぶり、ラヴクラフト自身ならば詩文添削の仕事、ロバート・S・カーならばロシア滞在の経験、シーベリー・クインならば郡の葬儀業者組合への所属、等々。この奇天烈譚で名を奇天烈に文字られた人びとについて明るくない読者諸氏のため、登場人物一覧(仮名――実名)を特に附した。)[アーカム・ハウスラヴクラフト作品集“Something about Cats”(1949)所収の本作品解説]


 (タイム・マシーンのなかから出た手記)


 いよいよ二〇〇一年を迎えんとする前夜、旧ニューヨークシティー跡の浪漫あふれる廃墟内、「コーエンの珍奇なる牢屋」にひしめく物見だかい会衆の目的は、破天荒物語の分野でのチャンピオン二人による拳と拳のぶつかり合いを見とどけることであった――すなわち、赤コーナー「大平原の大きな畏怖」ことトゥーガン・ボブと、青コーナー「ウェスト・ショーカンの召喚獣」ことノックアウト・バーニィの対戦を。試合開始にさき立って、チベットの大層偉いラマ僧、ビル・ラム・レイが勝敗のゆくえについてヴァルーシアの蛇神にお伺いを立てたところ、光臨した原初の蛇神の宣わくは「赤ガ勝ツカナッ? 青ガ勝ツカナッ? ウーン、ドッチモ頑張ッテホシイニョロ!」。「えーお煎にキャラメル、スモークチーズ、ポンカートの狼男はいかがすかあー」とやる気なさげな売り声をあげて歩くのはラディスロウ・ブレンリク、両拳闘士の手当てをつとめる公式外科医は、ドクター・デイヴィッド・H・キラーおよびドクター・マイルド・ジン・ブリューワーである。
 三十九時にゴングの鳴るがはやいか場内の空気は、テキサス平原の逞しき殺戮者が気まえよく飛びちらかす血しぶきでまっ赤に染まった。じき第一のダメージが顕在化――両闘士ともに歯が何本もグラグラになった。うち一本はバーニィの口から、ボブの喰らわせた不意打ちのせいでポンと抜け出て、放物線を描きつつ歯舞諸島沿海へ飛びさったものの、いそぎ探索に赴いたA・ハイジャックト・バレル、ジョージ・アラン・スコットランドの両氏により回収された。この小事件にもとづき、著名な社会学者にして元詩人のフランク・ベルマーク・ショート・ジュニアは、プロ歯民のプロ歯噛ンダ的歯ラッド一篇をものしたのであるが、それには三行ばかり意図的な歯調いや破調が含まれていた。一方、サイファイ住むと人のいふ国からやって来た「エフジェイの騎士」こと怪人テッカーマン(アマチュア・ジャーナリズム界の名批評家として自己のみぞ許す)は、闘士二人の戦法に対して狂瀾怒濤の悪態をまくし立てながら、同時にかれらのあい打つ写真(ちゃっかり手まえに自分が写りこんだやつ)を一枚五セントで売りさばいていた。
 第二ラウンド、きつい右でテキサスの宿敵の肋を砕きとおしたショーカンの酔漢は、飛び出してきたもろもろの内臓に五体を絡めとられて動けなくなり、その無防備な顎へ相手の重い連打が炸裂した。リングサイドを越えて飛びちらかる筋やら腱やら腺やら鮮血やら肉片やらに、吐きけを催したうぶな観客がいく人も出たのを見て、トゥーガン・ボブのいら立ちたるや甚だしかった。このラウンドのあいだに、パルプ誌の表紙絵でおなじみ「萌えいづる国のアナトミスト」、マーガレット・ブランデノイヂ女史のしあげたポートレイトは二人の闘士を、都合よく局部のみ隠す湯煙のむこうに裸身を組んづほぐれつさせる、炎髪灼眼の幼女とリボンカチューシャの女子高生として描いており、一方「不死身の国のブッチャー」こと恣意半文銭(シー・ハーフ・セント)画伯は、シルクハットをかぶりゴム長靴を履いた三本のトーチの素描を残しているが、けだし画伯の独創的すぎる写生眼には乱闘がそのように映ったまでのこと。アマチュアによるスケッチのひとつにグーフィー・フーイ氏の作があり、後日キュビストの年間展覧会に「完食プリンの捨象」の題で出品されて好評価を得た。
 第三ラウンド、戦いはじつに凄まじい「死合」へと展開し、辺境の狂戦士トゥーガンは耳をなん枚かとその他の付属器官すべてを、ショーカンの癇性な召喚獣にもぎ奪られた。いささか苛ついたトゥーガンは滅法するどいカウンターを連発、対戦者の身体からいくつものパーツを叩きおとし返したが、ショーカンの召喚獣はなおも、残っている器官を総動員して戦いつづけた。
 世紀の決戦はW・ラブラーシュ・タルカム氏により細大もらさずレポートされ、その写しにホース・パワー・ヘイトアートが筆を加えた。M・デルレット伯爵がことの一部始終を記録したノートは、のちに単行本にして全二百巻ぶんにも及ぼうかというプルースト風、ヤッシャ・ツッチーニばりの大河小説として結実、『長月アサヒの過学』と題され、ブランデノイヂ女史の挿絵と「文学史上の大事件!」の謳い文句つきで〈ファウストゥス〉誌に連載開始となった。ジュリアス・シーザー・ウォーツ氏は両闘士とまた観客中のお歴々全員とに頻繁にインタヴューをし、かつは記念品として(怪人テッカーマンとのあいだで必死の丁々発止を繰りひろげたはてに)、狂戦士トゥーガンの肋骨四分の一本、すこぶる状態良好にして本人の手跡いりのものと、召喚獣バーニィの指の爪三枚とを獲得した。照明効果はエレクティカル・テスティング・ラボラトリーがH・ケインブレイクの監督下であいつとめた。第四ラウンドは八時間延長されることになったが、これは公式絵師たるハワード・ワンダラー氏の要求によるもので、ワンダラー氏の望むらくはショーカンの召喚獣の、これ以上流せる血はなさそうなほど血まみれの無惨な面相を活写するにあたり、想像力でいくつもの過剰なディテールをつけ加えたそのうえへ、更にもうひと刷毛、なにがしか幻想的な陰影を帯びさせたいと思ったのだった。
 戦いがクライマックスに達した第五ラウンド、素敵に無敵なテキサス無頼の、必殺の左がショーカンの癇性な酔漢の顔面を貫通しきって、その勢いで両雄ともにマットへ沈んだ。試合終了をつげた審判――オロシヤの大使ロベルティエフ・エッソヴィッチ・カーロフスキイ――は、ショーカンの召喚獣の流血淋漓たる惨状を目のあたりにして、これはマルクス主義イデオロギーの見地からすれば本質的に粛正された状態である、と言明した。癇性な召喚獣バーニィは正式に抗議を申しいれたが、その場でただちに却下されたのは、理論上(「テクニカル・ノックアウト」ならぬ)「テクニカル・デス」の成立に必要な条件は現に十分満たしている、と見なされたからである。
  旒旗が勝者を讃えるファンファーレ然とはためくなか、テクニカル敗けしたバーニィの処置は公式葬儀業者、ツーベリー・クイソ氏の手に委ねられた。葬儀のあいだに、理論上の「死者」はボローニャ・ソーセージのサンドウィッチを齧りにさまよい出ていったりしたものの、用意された趣味のよい霊柩が儀式での注目を集めてくれた。葬いの列を先導する、派手に飾りたてられた霊柩車の運転手は孔雀王マリク・タウス、米陸軍士官学校の制服にターバンのいでたちで運転席につき、熟練のハンドルさばきで生け垣や石壁の手ごわいコースを切りぬけた。墓地への道なかばで葬列に「死者」が合流、孔雀王のとなりへ乗り込んできてソーセージ・サンドを食べおえた――急に用意された霊柩には、胴まわりの太ましさゆえに収まりきらなかった模様。葬送にふさわしい哀悼の曲が巨匠シング・リー・ボールドアウトのピッコロによって演奏され、デ・マンタ、モーリス、タッソーの三氏がとっておきのカンタータ『這い寄れ! ナルコレプシー』からの音に聞こえたアリア、「うちのメイドが不定愁訴」を声テケリリと唱いあげた。些細なことながら、ひとつだけ葬儀で省略されたのが埋葬で、それは一同を周章狼狽させるニュースが飛びこんできたため、すなわち公式のもぎり係――名だかい金融業者にして出版業者にして二十七世紀の発明王、ローデント124C41+大人――が、収益金を抱えて脱鼠のごとく逐電をきめこんだので、埋葬どころではなくなってしまったのである。
 タルカム氏による世紀の決戦のレポートは、世に知らぬ人なき名絵師クラーカシュ=トンが彩管をふるった挿絵(秘教的な意味をこめて闘士ふたりを骨格なき菌類として描きだしたもの)がつき、〈ウィーアーザワールド・テイルズ〉の依怙贔屓する編集長にいく度もいく度もいく度もいく度も没にされつづけたあげく、W・ピーター・シェフがこれを片面刷りパンフレットとして出した。当パンフレットはオーティス・アデルバート・クラインの骨折りあって、漸くドーヴァー&パイン&ピンチミー書店で扱われるはこびとなり、サムエルス・フィラントロープス大人が筆を執ってくれた、否応なしに興をそそるカタログ説明のおかげで最終的に三と二分の一冊が売れたのだった。
 かく要望の広範なるに応えて、このテクストはついにエイブラム・デメリット氏により、ウィリアム・ランドルフ・ワースト系の新聞〈ウィークリー・アメリカーナ〉紙の多色刷りページに、「科学ハ旧時代的乎? 珍奇牢之戦士」の題でリプリントされた。しかしながらこの号はいまや一部たりとも入手不能、なぜなら書狂の徒がわれ勝ちにかっ攫っていったぶん以外は、ショーカンの癇性な召喚獣がおこした、名誉毀損の訴訟に関連して警察がすべて押さえてしまったからで、ショーカンの酔漢バーニイはあまたたび上訴を重ねたはてに、世界法廷に至ってやっとのこと、公式に生者であるのみならず、「新世紀前夜の決戦」の明々白々たる勝者であると認める宣告をうけたのである。


 登場人物一覧(仮名――実名)

 トゥーガン・ボブ Two-Gun Bob――ロバート・E・ハワード Robert E. Howard
 「ウェスト・ショーカンの召喚獣」ノックアウト・バーニイ Knockout Bernie, the Wild Wolf of West Shokan――バーナード・オースティン・ドワイヤー Bernard Austin Dwyer, of West Shokan, N.Y.
 ビル・ラム・レイ Bill Lum Li――ウィリアム・ラムレイ William Lumley
 ラディスロウ・ブレンリク Wladislaw Brenryk――H・ワーナー・マン H. Warner Munn (author of The Werewolf of Ponkert)
 デイヴィッド・H・キラーD. H. Killer――デイヴィッド・H・ケラー David H. Keller
 マイルド・ジン・ブリューワー M. Gin Brewery――マイルズ・G・ブロイアー Miles G. Breuer
 A・ハイジャックト・バレル A. Hijacked Barrell――A・ハイアット・ヴェリル A. Hyatt Verrill
 ジョージ・アラン・スコットランド G. A. Scotland――ジョージ・アラン・イングランド George Allan England
 フランク・ベルマーク・ショート・ジュニア Frank Chimesleep Short, Jr――フランク・ベルナップ・ロング・ジュニア Frank Belknap Long, Jr.
 「エフジェイの騎士」怪人テッカーマン The Effjoy of Akkamin――フォレスト・J・アッカーマン Forrest J. Ackerman
 マーガレット・ブランデノイヂ女史 Mrs. M. Blunderage――マーガレット・ブランデイジ Margaret Brundage (artist for Weird Tales)
 恣意半文銭(シー・ハーフ・セント)画伯 Mr. C. Half-Cent――C・C・センフ C. C. Senf (artist for Weird Tales)
 グーフィー・フーイ氏 Mr. Goofy Hooey――ガイ・L・ヒューイ Guy L Huey (artist for Marvel Tales)
 ウィルフレッド・ラブラーシュ・タルカム W. Lablache Talcum――ウィルフレッド・ブランチ・タルマン Wilfred Blanch Talman
 ホース・パワー・ヘイトアート Horse Power Hateart――ハワード・フィリップス・ラヴクラフト Howard Phillips Lovecraft
 M・デルレット伯爵 M. le Comte d’Erlette――オーガスト・ダーレス August Derleth (author of Evening in Spring)
 ジュリアス・シーザー・ウォーツ J. Caesar Warts――ジュリアス・シュウォーツ Julius Schwartz
 H.・ケインブレイク H. Kanebrake―― H・C・ケーニッグ H. C. Koenig (employed by the Electrical Testing Laboratories)
 ハワード・ワンダラー H. Wanderer――ハワード・ワンドレイ Howard Wandrei
 ロベルティエフ・エッソヴィッチ・カーロフスキイ Robertieff Essovitch Karovsky――ロバート・S・カー Robert S. Carr
 ツーベリー・クイソ Teaberry Quince――シーベリー・クイン Seabury Quinn
 孔雀王マリク・タウス Malik Taus, the Peacock Sultan――E・ホフマン・プライス E. Hoffmann Price
 シング・リー・ボールドアウト Sing Lee Bawledout――F・リー・ボールドウィン F. Lee Baldwin
 ローデント124C41+ Ivor K. Rodent――ヒューゴー・ガーンズバック Hugo Gernsback
 クラーカシュ=トン Klarkash-Ton――クラーク・アシュトン・スミス Clark Ashton Smith
 〈ウィーアーザワールド・テイルズ〉の依怙贔屓する編集長 the discriminating editor of the Windy City Grab-Bag――ファーンズワース・ライト Farnsworth Wright (editor of Weird Tales)
 W・ピーター・シェフ W. Peter Chef――W・ポール・クック W. Paul Cook
 オーティス・アデルバート・クライン Otis Adelbert Kline――オーティス・アデルバート・クライン Otis Adelbert Kline (実名のまま)
 サムエルス・フィラントロープス Samuelus Philanthropus――サミュエル・ラヴマン Samuel Loveman
 エイブラム・デメリット氏 Mr. De Merit――エイブラム・メリット Abraham Merritt (author of The Dwellers in the Mirage)
 ウィリアム・ランドルフ・ワースト William Randolph Wurst――ウィリアム・ランドルフ・ハースト William Randolph Hearst


 「……「新世紀前夜の決戦」がリプリントされていけない理由はどこにもありません。わたしの信ずるところこれにはラヴクラフトが一枚かんでいますよ、本人がどれだけ否定しようとね」(一九三四年七月三十日附、フランシス・T・レイニー宛オーガスト・ダーレス書翰より)


 「滅法たのしく読みましたよ、「タイム・マシーンのなかから出た手記」、で、作者がだれかに関してはけだし疑いのないところでしょう。さりながらあるいはHPLも、この燈下の労作では若干助けを得ているやもしれませんね、R・H・バーロウの創意あふれる頭脳に。名前の文字りようときたら全くもって痛快な……」(一九三四年九月十三日附、ドウェイン・W・ライメル宛クラーク・アシュトン・スミス書翰より)


 「怪奇・空想科学小説界隈でのあの最近の戯れ文に関しては、いかに多くの人びとに自分があれをでっち上げた犯人扱いされているか、ということに気づいて愉快な気分のぼくです。……実際、とても堅物の守旧家が手をつける気になりそうなしろものなんかじゃないというのに。とくに大事な点ですが、東部在住の受けとり人各位は、あれの来たのはぼくがワシントンを通過するよりずっと前のことだって言っておいでなんですから。ぼくも帰宅したら一部届いてましてね、愉しませてもらいましたよ、あれにはかなり。……おかしなことに、訂正を加えられてある箇所のひとつがぼくの筆跡に似てみえるって話で、いやぼくは気づきやしなかったのですけど、もし自分の目に留まればまたべつな感じに映るのではないかしら、と」(一九三四年八月十日附、ドウェイン・W・ライメル宛ラヴクラフト書翰より)


 「ワンドレイは必ずしもご立腹というわけじゃなかったのですが、ただ(ベルナップの伝えるところによれば)、畳紙に挟んだままデズモンド・ホールへ回送したのだそうです、こんな気のないコメントを添えて。「ほら、きみの興味を惹きそうなしろものだ――ぼくは興味を惹かれなかったが」」(一九三四年七月二十一日附、R・H・バーロウ宛ラヴクラフト書翰より)


The Battle that Ended the Century (MS. Found in a Time Machine) by H. P. Lovecraft and R. H. Barlow
http://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/bec.asp

                                • -

sent from W-ZERO3