夜 鬼
いかんの墓窟より爬ひづるとこそえ識らねど
夜夜にわれは見るよ その護謨めける奴ばらを
黒色にして角のあり 痩躯にうすき膜質の翅
ふた叉の邪し倒棘生えたる尾ある奴ばらを
奴ばらは陰風のうねりに乗りて群来し
淫らしうくすぐり棘さす魔手の抓みに
われを勾引ひて拉れゆくよ おぞましき空の旅にと
悪夢の深井に潜れたる灰じろの世界への旅にと
奴ばらはトークの鋸歯なす連峰の上をかすめ飛び
わが一切の啼ばむとする試みも気にとめず
地の窖を降りゆくよ かの汚穢なる湖へと
浅眠の膨れショゴスら濺沫をあぐる湖へと
されど 悪! 奴ばらの声音だに作てばよきものを
いとせめて その在るべき箇処に面目ぞありせば!
H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XX. "Night-Gaunts"
アザトート
不感無覚の虚空へと邪霊に連れいだされて
多次元宇宙に耀へる諸星団を過ぎゆくほどに
やがて 眼前に時間もはたや質料も在らずなりにき
ただ「混沌」のうし履ける而已 処かたちの定めなく
ここに一切有の頤なき君主神づまり
独語くなりき おのが夢に見るも意味は解しえざりし事ども
その間もかれの傍ぢかく 不定形の蝙蝠もどき群れ羽搏けり
輻射光のひろげゆく白痴の渦の数々のうち
瘋狂然として舞ふむれなりき その巨怪なる手爪に把める
割れ横笛の高くか繊き哀鳴のしらべに合はせ
此処もとゆ漫ろにおこる波と波の偶さかにあひ重なる時んば
儚き宇宙のそれぞれに永劫不滅の法生まるる也
「儂は這厮が伝令にこそ」 邪霊 かくは言挙げて
叩きけるよ 蔑如もあらはに自らの主君の頭を
H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XXII. "Azathoth "
http://www.psy-q.ch/lovecraft/html/fungi.htm