ハワード・フィリップス・ラヴクラフト作『ユゴスよりの黴』 ソネット第二十番・第二十二番


夜 鬼


いかんの墓窟よりひづるとこそえ識らねど
夜夜よるよるにわれは見るよ その護謨ゴムめける奴ばらを
黒色にして角のあり 痩躯にうすき膜質のはね
ふた叉のまが倒棘さかとげ生えたる尾ある奴ばらを
奴ばらは陰風きたかぜのうねりに乗りて群来し
淫らしうくすぐり棘さす魔手のつかみに
われを勾引かどひてれゆくよ おぞましき空の旅にと
悪夢のふけかくれたる灰じろの世界への旅にと


奴ばらはトークの鋸歯なす連峰みねみねをかすめ飛び
わが一切のさけばむとする試みも気にとめず
地のあなぐらを降りゆくよ かの汚穢なる湖へと
浅眠の膨れショゴス濺沫しぶきをあぐる湖へと
されど ああ! 奴ばらの声音おとだにてばよきものを
いとせめて その在るべき箇処に面目かほぞありせば!


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XX. "Night-Gaunts"



アザトート


不感無覚の虚空へと邪霊ダイモーンに連れいだされて
多次元宇宙に耀かがよへる諸星団を過ぎゆくほどに
やがて 眼前に時間もはたや質料も在らずなりにき
ただ「混沌」のうし履ける而已のみ 処かたちの定めなく
ここに一切有のおぎろなき君主かむづまり
独語つぶやくなりき おのが夢に見るも意味は解しえざりし事ども
その間もかれのそばぢかく 不定形の蝙蝠かはほりもどき群ればたけり
輻射光のひろげゆく白痴の渦の数々のうち


瘋狂然として舞ふむれなりき その巨怪なる手爪につかめる
割れ横笛フルートの高くか繊き哀鳴のしらべに合はせ
此処もとゆすずろにおこる波と波のたまさかにあひ重なる時んば
儚き宇宙のそれぞれに永劫不滅の法生まるる也
われ這厮くやつが伝令にこそ」 邪霊ダイモーン かくはことげて
叩きけるよ 蔑如もあらはに自らの主君のかうべ


H.P. Lovecraft "Fungi from Yuggoth"
sonnet XXII. "Azathoth "


http://www.psy-q.ch/lovecraft/html/fungi.htm